Creative: Kishu
紀州:革の国、紀州をゆく。
2014年発行 「日本の革 7号」より
日本を代表する皮革産地といえば、浅草、姫路、そしてここ和歌山である。歴史は古い。室町時代の文献には、紀伊国の紐革が上等と言及している一節がある。江戸時代には和歌山城の堀内で職人が武具を手がけていた。やがて明治維新による近代化にともない軍靴の需要が高まったことで、この地に西洋沓伝習所が設立された。ここでは海外から招聘した講師が、西洋の製靴となめしを直接伝授していたという。その後、なめしが和歌山の地場産業になり、今に至っている。
確かに、歴史は古い。だが、その長い伝統に誇りを持ちながら安穏とはしないのがこの地の皮革産業の面白さ。各社を束ねる和歌山県製革事業協同組合の森田理事長は、こう言う。「それぞれの会社が専門的な革づくりをしているのが特徴。ヌメにエナメル、床革にシープと、スペシャリストが揃っている」
ただ多様なだけでない。それぞれが世界基準のクオリティを保っており、有名メーカーとの取引も多い。そして、タンナー同士の結束力が極めて強いのも、この土地の特徴だろう。
「やっぱり和歌山のタンナーの火を消さないためにも、チームでやっていかなくちゃいかん」と森田さんの声に力が入る。日常においては情報や技術をお互いに共有し、レザーフェアがあれば国内はもちろん海外へでも一社も欠けることなく出展する。風通しが、すこぶる良い。
そのチーム和歌山体制が、いま、新たな動きを始めている。県内で最終加工され、いくつかの基準を満たした革を「きのくにレザー」として認定し、ブランド化。同レザーを使ったバッグや小物が世に出始めたのだ。バラエティ豊かで上質な和歌山の革から、どんなプロダクトが生まれてくるか、期待は大きい。
「我々の革はこれまで県外に供給されることが多かった。県内で一貫生産を始めることで、この地の皮革産業を県内外に訴えていきたい」
和歌山という字は、和を謳うと書く。一致結束して前進するこの地の皮革産業を見ていると、その県名がよく腑に落ちた。
この地でつくられる革たち。右からヌメ、シープ(白と青)、床革、型押し革。多様性こそが和歌山らしさ。それぞれに最高峰の技術が込められており、展示会でも評判を集めている。
はじめは、徳川家のための武具だった。続いて、日本国のための軍靴。そして、ついには日本人のための革が主要製品になった。特別品から日常品へ。和歌山の皮革産業の歩みは、その時々の日本人と革の関係を表している。それでは今、この地ではどのような革づくりを行っているのだろう。
ピット槽から牛革がゆっくりと浮き出ては沈む。その度に革は強靭さを増し、精悍な表情を身につけていく。そうしてじっくり育て上げたヌメ革は、古代人のような健全な力強さをまとう。掴み、嗅ぎ、感じ取れ。そんな声に誘われ革に触れた瞬間、ピット槽から浮き出た新たな革と目が合った。
革に、鮮やかな花が咲いた。万華鏡のような色世界が映った。上品なストライプが走った。堂々たるクロコダイルの斑が刻まれた。規則的な色のパターン。不規則なパターン。このキャンバスに、描けぬものはない。特殊加工とは、有り体に言えば、高みに達した技術の結晶を言うのだ。
優美な容貌でありながら、か弱いわけではない。凛とした内面の強さを持っている。鹿革やシープをはじめとするソフトレザーは、大和撫子に似ている。彼女たちの生来の気質--伸縮性、防水性、通気性--をうんと伸ばしてあげよう。タンナーは、いつだって親の目をしている。